やりすぎに蓋をするのをやめたい

 

どんなに自分の握った正義が正しくても、やりすぎはやりすぎ。

 

それで失ったものが大きいのも事実。

 

そこに蓋をするのは辞めたい。

 

 

蓋をまずは私があけるべきなんだろう。

 

ガスマスクや換気でもしないと即死するかもしれんがw

 

中にたまってる【煙】は、見えないものに【輪郭】をもたらしてくれる。

 

 

あとは、やりすぎに少々の慈悲が入る世界観もつくりたいな。

 

仲裁人といえば言いと思う。

 

それも正義や悪の観点でジャッジしない。

 

そもそも、黙ってそこで話をひたすら聞く。

 

それだけで、言い争いの場に緩和がもたらされる気がする。

 

 

というより、10年前の私に欲しかった人なんだけどねwww

 

だから私が誰かのそれになろうかな。

宇宙が膨張し切ったあと

このまま膨張すると、光が届くより先に宇宙が広がる方が早くて、光が届かない世界になると今のところ言われてます。

 

私は「宇宙が乾く」みたいな印象を受けはするのですが、

 

そうなったらソレでENDなのかは気になります。

 

実はその先に何か起こるのか。

 

それまでになんかしないと生物的には詰むというタイムアタックなのか。

 

それが気になるというのはいま時点で事実ですね。

この世界は

言いたい事を言えなかった。

 

やりたい事をやれなかった。

 

言おうとしたが、叫んたが「封じられた」

 

泣き叫びたかった、吐きたかった、悶え、狂いたかった。

 

だが許されなかった。

 

 

 

それらは本当に消されるのでしょうか?

 

いえ、【消えるのでしょうか】

 

宇宙開闢時の光すら観測できる世界なんですよ。

 

消えるわけがない。

 

E=mc²

 

エネルギーは質量に。質量はエネルギーに。等価である。

 

“何かしらの形”として積層していく。残っていく。

 

そして、質量含むエネルギーの総和は変化しない。

 

必ず残るのだ。

暗い話こそ、その人の【核】

核となる部分の話すらできないなら、なにがありのままな生き方なのでしょうか。

 

そして、それがうまくできな社会構造になってる理由はある意味単純で、

 

「職場」です。

 

公私をわける

 

それは職場での対人トラブルを避けるためのツールとしてはふさわしいものでしたが、文明のレベルが上がって人間のアウトプットの質要求が上がっている今、

 

本人の【核】たる部分を隠して能力を発揮するなんて限界がありすぎる。

 

芸術家の作品のクオリティーは、心の傷と密接に関係しているのはよくある話です。

 

日本の場合は、【喫煙室文化】がそのバランスをある種保ってたらしいですが(一翼)、どうもそれも「終了」らしいので、皆嫌でもはじまるよ。

 

心理学、認知科学の進展がある現代なら太刀打ちできると私は確信しています。

どうも、暗い話をガチでするのが一番好きらしい

超暗い話とか、暗いを表現すると【生きてる】感覚がします。

 

ほとんどの人は逃げるでしょうが、こういう話は人類史においてずっと存在していた話だし、みんな蓋をしてただけです。

 

書いててふと思い出しましたが、どうもいま世間ではフランチャイズでの話題がニュースらしいですね。テレビ見なくなっちゃったので兄弟から聞きました。

 

あれ、Twitterでは遥か昔にすでに話題になってましたよ。

 

あなたが知らないだけで、すぐ眼の前の話です。

 

今買い物してるコンビニだってもう直前かもしれませんよ。

 

老老介護の果に【子】が【親】を【楽】にしたニュースも私の中では鮮明に覚えてます。

 

 

 

ALSの方が国政へと出られました。

 

その時私のタイムラインには、「俺はALSの介護でたくさん苦しんだ」「なのに税金で優遇されるのはおかしい」というメッセージが流れてきました。

 

冷静にみると矛盾しています。

だからこそ、その悲しみがどこかで起きないように背中を押すべきではないか?

 

いや、関係ないのもわかってます。

「俺の苦しみは、あの時間はなんだったんだ。」

 

眼の前で救われている人を見て、自分の痛みや苦しみを否定された感覚。そういったものが恐らくあったのでしょう。

 

間接情報すぎて妄想でしかないですが、怒り狂い方が尋常でなかったのは間違いなかったです。

 

そういう部分を闇として封じるのはもう「終了」です。

 

自殺者たちは最後に何を示したかったのか、常に考えている。

自殺とは、【絶対不可侵】の【すべての命が使うことのできる】

 

【一発限りの絶対発言権】

 

に近いと私は長年捉えています。

 

極限に追い詰められて、生物の本能を打ち破って発現する事象です。

 

生きる力が弱りきってるのもあるでしょうが、【圧倒的意志】がなければ起きません。

 

 

彼らは最後に何を示したかったのか?

 

本当に大切な想いを守るためか。

 

追い詰めた【人】や【世界】への復讐・呪いか

 

それとも、こちらへ残される人達への【希望】や【未来】【祈り】か。

 

こればかりは、ブラックホールの向こう側。

事象の地平線の向こう側をみるのと同じくらい難しい話かもしれないですね。