インフォデミック

インフォデミック

 

情報世界の衛生状態が悪い。

 

つばを路上で吐き捨てる輩もいる。

 

路上で吐瀉物を生成される錬菌術師もいる。

 

トイレの使い方もわかってないやつもいるかもしれない。

 

マスクもつけない。

 

自宅で安静にしない。

 

日頃から口にする食品(情報)に氣を配らない。

 

睡眠・休憩をとらない。

 

Information Virus に感染したものを隔離もしなければ、拡散を放置し、

キャリアから距離を取ろうともしない。

 

 

それでインフォデミックとか言ってるのだ。

 

御しがたいな。

エニアグラムと私の感情

感情が激しく出ている時は、その時でないと残せないので賢い説明書きは一度省く。

 

私はエニアグラムで観るとタイプ4のウィング5である。

人によっては擬態もあるが、私の場合はまず間違いなくこれで、周囲からも賛同は得られている。

 

それで、タイプ4は成長が入るとタイプ1の性質も使えるようになってくるのだが、

私の場合は、タイプ1の性質を発揮する上で、

「怒りの感情」をどう受け入れて発揮するかが鍵のようである。

完璧や理想に触れる事で、周囲の状況や反応が悪いと非常に怒りがわきあがる。

 

なぜ彼らは話を聴く気がないのか、なぜ明らかにおかしいのにその場にとどまるのか。

 

彼らの正解と私の正解は違うが、全体や社会という単位で観た時は共有に値する正解が導き出されることはある。

 

ただ、その正解に対して相手から実現・実行・行動を引き出すには

「怒り」だけでは成し得ない。

 

とはいえ、その怒りを無いことにするのもできないわけで。

 

中々大変なものである。

洗濯板

自分はおもってた以上に洗濯板を使っていた。

 

この前までハマってた Dyson Sphere Program というゲームではからずも確信する…w

ちなみにクリアーした。

やはり最後の方は自動化しまくったし、採掘資源や基礎的な合成物もCloud的にやった。

 

で、リアルワールドもやはり洗濯板はやめていこうとおもう。

 

まず、イノベーションが起こりまくっているこの世の中で、

自分が使っているものが「洗濯機」だとおもってたら、

いつの間にか「洗濯板」であったことを知覚する<覚悟・必要>がある。

 

無知の知である()

 

そんでもって5~6年くらいは遅れてる気もするが(その分、先人達の歩みを辿ればワープエンジンできる!)

 

機械学習の学びをはじめた。

ぶっちゃけると、学士とはいえ理工学部を出ている事もあって、(しかもいま振り返ると結構時代先取りしてた。。有り難すぎる。!)

話の概要は割とスルスル理解できるし、単語にも抵抗ないのである。

 

あと、OCRはみんなも使おうね。

画像をぐーぐるどらいぶにアップして、右クリからぐーぐるどきゅめんとでひらく!

ってやれば小学生でもできるのだ。

 

わざわざ画面からメモ書きで書き起こすのは辞めよう。(洗濯板だから)

いじょー。

今日公開の劇場アニメ

ビリーフリセットだった。

 

インディゴの目覚めを促す。

 

そして人類の思春期の終わりと青年期のはじまり。

俺は時々本当におかしくなる。

時々本当におかしくなる。

うまいこと日々のルーチン(生活のリズム)が取れなかったり、身体と心が求めてる事を自分にしてあげらなかったりで、ありあらゆる全系統が死ぬ。

 

そのような状態になると人語が話せなくなり、とはいえ脳内でどんな葛藤が発生してるのかは、感覚ではすべて把握できている。

 

だが、治まってこのように人語が話せる状態になるとその時のことは分からなくなる。

 

本当はこうなってる時に抱きしめてくれる人、泣きつける人が欲しいのだ。

 

父も母もそれは貰えなかった。

母に関しては、挙げ句あらゆる無神経な言葉で俺を責めた。

復讐心で修羅場を鉄火場にした時、母は他の兄弟に通報しろと嘆願した。

あれほど、死んでやる。死ぬのは怖くないと豪語して、さんざん俺を蹂躙したのに最後はケーサツに差し出そうとしたのだ。

オレはお前が色々なことをした時に通報もしなければ児童相談所だって使わなかった。

被害妄想で他の家族が全員勘違いだと目撃、証言してることでさえ俺達がいじめたとすらおもっている。

「「ぬまねふねにてこのるこぬえゆ)るゆきめね」」

 

こんな感じに、一気に雪崩込んできて人語という形で表現できない。

 

本当は嫌なのだが、自律神経が物理的にオーバーヒートして崩壊するわけには行かないので、そのときは薬を飲んでいる。ベンゾジアゼピン系だから本当は完全に断ちたい。

 

俺の頭の中は2つの俺が喧嘩してしまう。

 

それはミニ父とミニ母をデュアルでやって、仲の悪い悲しそうな母と父を繋ぎ止めて和解してほしかったから。

そして幼い日のけんちゃんを傷つけてほしくなかったから。

 

今もリフレインする。

 

ビリーフリセット・リーダーズ講座、第5期。

 

アドバンスまで修了でき、仲間達ができた。

ずっと寂しかったけど、本当の話ができるし通用する人達に囲まれた。それだけでとても救われた。

 

だけどこれはまだ続いてる。

ベンゾジアゼピン系の薬を飲んだあとは決まって涙が流れる。

 

どうしたらいいのかな。

「幸福度」という概念の哲学

「お金に対する幸福度」という概念の哲学

 

という記事を2(後付)で書いたのだが、

 

おもいのほか、アレを汎用化したらそのままタイトルの概念にも使える事がわかった。

 

今日は暦的にかなりいい日なのもあって、インスピレーション降りまくり。

(個人的に鬼宿日は人よりも効く感じがあります。一粒万倍日はかなり影響出るw)

 

以下、本題

 

「入る< >に対する感覚・感情」*「出る< >に対する感覚・感情」*「結果論でよくなっているか」=「幸福度」

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「お金に対する幸福度」という概念の哲学 その弐

お金に対する幸福度の方程式

 

「お金の入り方に対する感覚・感情」*「お金の出方に対する感覚・感情」*「生活ができているか」=「お金に対する幸福度」

 

前回の記事は個人的な話に重心がよったので、今度はなるべく汎用的に書きたい。

 

この方程式だが、お金に対する価値観は好き嫌いと同じで個人的なモノになるので、あえて抽象的に書いている。

 

「自分専門のお金のプロ」は「自分」にしか成れないのだ。

((( 「自分専門の心のプロ」も「自分」にしか成れない。以外とこういう所は各所にあり、どっかでステップアップが詰まる時は大体これである。(^q^)ウヘェw )))

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