「一人で出来る」は残酷だ

けんいちです。

 

 

信用ができない人が何か任せて欲しいと言ってきた時。

 

任せたふりして居なくても回るように仕込みます。

 

特にドタキャンとか遅刻が頻繁なうえに埋め合わせしない人。

 

仕込みがウマイので本人は気づかないだろうけど。

 

 

変に賢いから、リスクが視えれば吸収できる体制を一人で用意してしまう。

 

普通なら人と協力したり、

 

リスクが顕現して皆で楽しくてんやわんやのキャンプファイヤー

 

 

一人でやってしまうのだ。

 

一人で出来てしまう場合や、人に背負わせたくない時は。

 

人から先にギフしてもらうのが苦手だ。

 

そして、人に負担させるのも苦手だ。

 

悪いけど人があまり信用できない。

 

 

最近は練習したり実際にやってみたりしてる。

 

だがやはり23年分は筋金入りだ。簡単じゃない。

 

 

 

全てを一人でやってしまう、やろうとしてしまう、やれてしまう。

 

それは人を必要としない生き方だ。

 

そして、周りも必要とされないから仲は深まらないし離れていく。

 

結果は明白。孤独である。

 

困った脳みそである。

 

 

 

実際に仕込みを使わずに済めばまだいいのだ。

 

問題は仕込みを使った時の俺の態度にもある。

 

仕込んでいたことすら告げずに「大丈夫だよ」という残酷を一つ告げて終えることがよくある。

 

人によっては「あ、そうなんだ」で罪悪感を殆ど感じずに終わるだろう。

 

だが、私の中では「予想通りまたやらかしたか」と萎えるのである。

 

人によっては「あ…突き放されたな」と感じると思う。

 

感性がイイ人は多分そうだとおもう。

 

 

やらかした本人に罪悪感を与える。

 

つまり、怒ったり文句を言う。

 

俺はそれが出来ないのだ。

 

人によっては文句を言って当然とおもうだろう。

 

けど俺はそうだとしても人を傷つけるのが怖いのだ。

 

弱さを優しさに変えていつも「大丈夫だよ」と無味無臭の毒を吐くのだ。

 

そうやって、相手が考えてる評価の度合いと、

 

俺が持ってる評価の度合いが日に日に乖離して突然俺がムリになる。

 

それでお別れするのである。

 

相手の悪いところを告げず、私の悪いところも聴かず。

 

毎度毎度、正面からぶつかり合う事が出来るほど

 

丈夫でも体力も精神も旺盛でない。

 

俺も弱いから弱さを優しさに変えて「別に大丈夫だよ」で済ませるのがいけないんだけどね。

 

そんな冷徹・人でなしみたいな事俺もしたくないけどね。

 

でも、これで俺が残酷だと言うならもうおしまいだよ。

 

 

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けんいち

けんいち

5歳から将棋をはじめてしまうほどの頭脳派。幼いころから本質追求・真理探求が大好きで、科学も大好き。職業はフリーランスのシステムエンジニア。詳細はこちら