与えられることに慣れすぎた姿

けんいちです。

 

すでに物販副業でお世話になっている人から情報を頂いたので、副業開拓のために渋谷にセミナーを受けに行きました。

 

 

セミナーの内容は嘘偽りはなく、スクールの受講料も破格の価格設定。

 

稼ぐ手法も短時間で高利益。コレ使えば誰でも脱サラして人生変えるきっかけ掴めます。

 

手法編み出したご本人もこれで自ら社畜脱出してますし。

 

実は先に開拓した副業が異次元だったので(物販とは別)こちらのスクールは辞退したのですが、順番が違ったら迷いなく参加していたなとwww

 

興味ある人はTwitterの方にて連絡をください。URL教えますので

 

※ただし自己責任ですよ←免責事項ゆえ

 

 

で、本題ですがそのスクールを受けに行った時の話です。

 

なんかですね、これから儲け話を教えて頂く立場でありながら(しかもセミナー自体は無料です)

 

会場のキャパをみるやいなや「狭い箱だなぁ」とかいうオジサンがいたんですよ。

 

いやいやいやwww ホンキ?ww って思いました。

 

別に十分な空間ありますしねwwwというか、渋谷の会議室で20名規模の箱借りるだけでおいくら位か想像もできないでしょこのオジサン。

 

と言うか、リアルタイムでは苦笑を通り越して冷えました。マジで。

 

しかも、開場が1分ずれただけで文句言ってたし。

 

 

ホントね、

 

 

もう言うことないですよね。

 

 

 

 

まあでもブログなので書くことは書きます。

 

なんかこの光景みて思ったんですよね、日本人ってもしかして与えられることに慣れすぎたんじゃないかと。

 

どんな奇跡も、どんな素晴らしいことも、あくまで相対的な差によって輝きが生まれるのは善くも悪くも摂理なんですよね。

 

日本はお願いしなくてもお水が頂ける国ですから無理もないですけど。

 

精神的でも、肉体的でもいいから一度飢えに飢えて渇望する体験をした者でないと感謝の心は芽生えないのでしょうか…

 

それはちょっと、やり方としては私は好まないですね…

 

歴史とか過去とか経緯を知るって感謝の心を育てる意味でも大切なんでしょうね。

 

 

余談ですけど、経緯とか過去とかを傾聴してくれる人としてくれない人では間違いなく人間のカーストが違います。

 

 

けんいちより、愛ゆえの毒舌でした。

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けんいち

けんいち

5歳から将棋をはじめてしまうほどの頭脳派。幼いころから本質追求・真理探求が大好きで、科学も大好き。職業はフリーランスのシステムエンジニア。詳細はこちら