「幸福度」という概念の哲学

「お金に対する幸福度」という概念の哲学

 

という記事を2(後付)で書いたのだが、

 

おもいのほか、アレを汎用化したらそのままタイトルの概念にも使える事がわかった。

 

今日は暦的にかなりいい日なのもあって、インスピレーション降りまくり。

(個人的に鬼宿日は人よりも効く感じがあります。一粒万倍日はかなり影響出るw)

 

以下、本題

 

「入る< >に対する感覚・感情」*「出る< >に対する感覚・感情」*「結果論でよくなっているか」=「幸福度」

 

要はIN・OUTとその後の結果ですな。

これも書いてしまうとそりゃそうだ感。

そして偉大な先人達の受け売り的なところもあるけど、本質的なことは最終的に被ってくるので、個々人の肚から言葉になっているのならよいとおもう。

 

同じ本質を語っていても言う人が違うだけで刺さったり、刺さらなかったりするし。

 

詳細に意図を説明すると、

< >については、特定の文字を入れるのも違うので< >としている。空白、空を表現したい感じ。ちゃんとした数学ならxとかyのやつ。

 

入る情報に対する感覚・感情

入るモノに対する感覚・感情

 

出る情報に対する感覚・感情

出るモノに対する感覚・感情

みたいな。

 

モノの出るに関しては、家具や服なんかを捨てる時の抵抗?とかが想像しやすいかもしれない。

 

実は、自分がこうして細々ブログ書くのも、

「出る情報に対する感覚・感情」の「充足」が欲しくてやってるところがある。(少なくてもここ数記事分は)

 

入る情報も最近あたまおかしくなりそうだったので、情報断食してみてる。

SNSはTwitterの方なんかはログインしない、ちょっとやってもすぐログアウトする。

そもそも、かなりのフィルターをかけてる。(機能としてのフィルターはかけてない。意図的に望まない情報が入ってこないように使ってる)

 

そして、色々やってみた結果論で、感情・感覚的にも、発生してる現象としてもよいなら、

それは俺にとっては効く事なのだ。

 

モノに関しては、服なんかは捨てる前に雑巾にさせて頂いて掃除に活用した後に供養。

長年あるけど一切使ってないモノなら、感情的事情でなければ割とあっさり捨てる。もったいない感あっても。

それ、保存してる理論が間違ってるかナニか変な執着があるのでwww

 

精神的な理由があるなら天からお塩ファサーしています。(混ぜ過ぎ注意)

 

ちなみに出る情報に関しては、下手したら生まれる前からレベルで氣にしてて(半分比喩)

なぜなぜ分析 とか みえる化 はアレルギー出るタイプ。

PDCA 可視化 と言いなさい…

藍染惣右介せんせーの画像貼り付けたい気持ちになるぞ。

 

あと、ナントカカントカ・でぃすたんすとか(笑)

間合いで良くないですか。

都市封鎖も別のカタカナで表現しなくていいとおもいます。

(アレに関しては、影響が大きくて混乱を回避するという意図で濁した気もする。そうであるなら解せる。)

 

言葉を大事にしないのは意識を大事にしない感じで、魂売ってる感パない。

少なくとも「考える・知る」という行為はマジで売ってる。というか放棄してる。

 

みんな「シティーハンター 第5話」観て。

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