「幸せの方程式」 人類未踏の聖杯

 

やべーテーマに普通に手をつけてます。

 

ガチで。

 

ちなみに今回の話題の前身的な記事はコチラ

 

 

いまのところで持っている感覚と途中経過について

 

・「私、私達が幸福と感じれるか」については環境依存度が強い。(可能性が非常に高い)

 

・「物理式のように美しい普遍的な方程式は存在しない」可能性はある。ただし、これについては筆者自身も懐疑的。詳しくは後述する。

 

・「幸せの方程式」と「入力するパラメーター」の両者が適切にそろって、はじめて「幸せ」といえる答えが出力される。(割と確信)

 

以下、一つずつ詳しく。

 

「私、私達が幸福と感じれるか」については環境依存度が強い

 

これは単純で、人という生き物自体が好き嫌いを何かしらの形で持っているからである。

 

暑いところが好き。

 

であれば、温暖な季節や環境に居るほうが やはり幸福度は高くなるだろう。

 

クールなあなたが好き。

 

っていう人なら、そんなパートナーと一緒に生活できているだけで幸福度は高いだろう。

 

割と単純。

 

 

「物理式のように美しい普遍的な方程式は存在しない」可能性はある

 

これについては、ざっくり言うと

 

現時点での人類と、その文明社会では到達できない。

 

という意味が結構つよい。

 

究極的にはむしろ「ある」とおもっている。

 

そもそも、我々人類は人である前に霊長類(猿)である。

 

そして猿は猿である前に生物である。

 

生物は、生物である前に物質である。

 

そして、今のところの人類の叡智的には

 

「すべての物質は同じ法則のうえに成り立っている」

 

でもある。(違ったら先生方、ご教授願います。)

 

そうなると、人類にとっての幸福的なモノも、最終的には美しい一行で済むのでは?

 

という考えです。

 

 

ただ、現時点(西暦2019年)のレベルではその逆で、

 

個々にあった「幸せの方程式」と「適切なパラメーター」を見い出し、実現する他ないとおもっています…ww

 

個別に創る他ないなって^q^

 

その過程で共通項や傾向ってのは当然みつかってきて、だんだんと統一的な式に向かっていくわけです。

 

だから、究極的には「ある」わけです。

 

 

「幸せという結果」の出力には「幸せの方程式」と「入力するパラメーター」の両者が必要

 

 

これはもう、上記2つでほぼ言ってしまっているのですが、

 

この2つが必要です。

 

すごく簡略化すると

 

「私が幸せに感じるコト」がわかったら、

「それを用意する」っていう。

 

簡略化しすぎて簡単に感じますね…ww

 

それが簡単じゃねーから苦労してるんだよ^q^

あぁ…知ってる(白目)

 

私は今、絶賛その答えに続くとおもわれる先駆者達の「お知恵」と「体験」を拝借中です^q^ 車輪の再発明はチュライ……

 

そう言いながら「結果的には車輪の再発明」になってるんですけどね。いつもコレだ(笑)

 

結果、事実、真理っていうのは変わらないので。

どんなアプローチを辿っても、行き着くところは一緒。

 

約束の地へと向かうのさ(*´∀`)ヤベーダンダンアヤシクナッテキタ

 

たぶんね。(笑)

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けんいち

けんいち

人が好きな癖に人と関わるのが苦手な人ですw オタクとゲーマーの味方。 もっと言うと人類の味方。 詳細はこちら