本質が行き止まりになったらどうなる

 

昔から無意識的に思ってたことがある。

 

地球上の生物は、姿形を変えながら今日まで生き残ってきた。

 

日本の伝統文化もそうだ。

 

歌舞伎を例に挙げさせて頂くと、

 

伝統として伝えるべきものはずっと伝えているが、

 

新しいものもどんどん取り入れて変化を加え今日まで残っている。

 

 

で、残っている。残り続けている。もの。

 

要は変化・獲得・破棄等をたくさんした部分はありつつも、

 

本質的な部分はずっと残り続けている。

 

本質に付随するものはドンドン交換しているが、本質はずっと残り続けている。

 

この一文が本記事が疑問とし恐れている部分とカチ合う。

 

その本質が完全に通用しないポイントがあるのではないだろうか。

 

その時は付随品の交換じゃ当然生き残れない。

 

 

ここで先に可能性を幾つか仮説立ててみる。

 

1.そもそも本質が行き止まることはない

本質が行き止まるという仮説が誤りである。

という言い直しもできる。

これの通りならこの記事はもう書くことありません(笑)

 

2.本質というものが実は存在していない

本質というものが存在しない場合、そもそもこの議題の前提条件が崩壊する。

なので、これの通りでもこの記事は終了です(笑)

 

3.付随品の中から生き残れる部分が次の本質となる

本質というものの定義がそもそも曖昧なまま話が進んでいるが、

本質=変質しないものと筆者は思い込んで居るところがある。

 

生き残れる、伝わり続ける。

 

それこそが本質だというのなら。という話。

 

 

なんか書いててこれが答えなきがしたわ(笑)

 

おわり^^ノシ

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けんいち

けんいち

人が好きな癖に人と関わるのが苦手な人ですw オタクとゲーマーの味方。 もっと言うと人類の味方。 詳細はこちら