チェスと将棋の違いに調和の一種を感じる

あるキャラの名言がいいこと言ってた

 

そうやって壁作って、仲間外れにするのはあんま良くないんじゃないの?俺たちザフトのモビルスーツパイロットは戦場へ出ればみんな同じだろ?

-ハイネ・ヴェステンフルス(機動戦士ガンダムSEED DESTINY)

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令和を迎えて感じたこと

 

なんか、最強の布陣が揃ったなと感じた。

 

これはプレイヤーが勝つ気さえあればどうやっても負けないくらいに。

 

なにを言ってるかよくわからんだろうけどw

 

具体的なことはあえて別記事で書きます。

 

さあ、いこうぜ。

俺たちの道を(*´∀`)

解釈は現実を豊かにする

 

我々は世界という事実を脳みそで解釈して理解している。

 

これだけ広大で膨大な世界なので、脳みそこれっぽっちじゃほんの少ししか切り取れない。

 

だから、人々は脳みその中身が一致しないし、その分解釈も多様になる。

 

双子達ですら抱える現実にズレが生じるのだ。

 

そりゃ当然w

 

だからいろんな解釈ができるようになると、現実が広がるし変わる。

 

ゆえに味わえる世界が広がり豊かになるのだ。

混沌を肯定的に解釈する事が調和

混沌と調和は陰陽

 

解釈がことなるだけ。

 

そう考えるとすでに今の日本はゴチャゴチャで調和しているのだ。混沌としているのでww

 

美しい調和にするのは人の心、あり方。

 

解釈なのだ。

その力は許されてそこにある

 

具体的にどう解釈するかは君が選ぶべきだ

 

だが、いまここにある、そこにある君の力はすべて許されて存在している。

 

世の中にはあらゆる力に対して許さないようにする流れがたくさんある。

 

法や免許なんてのはわかりやすくて身近だ。

 

逆に許そうとする流れも多くある。

 

その数多の唸りの中で、君はそこに存在し、今の形を得ている。

 

だから許されているのだ。

 

そして、その力が許されているということは、存在も許されているということだ。

 

かごの中の鳥にするのはいつだって自分だ。

 

 

平成から令和への壁を超えることを許された、ありとあらゆる存在に向けて。

闘い《戦い》の必要性と不要性 一億年後まで

 

色々おもいまして。

 

闘い

 

戦い

 

争い

 

 

戦いの歴史をもつ人類ですが、

 

必要だから戦ったのか。

 

戦いが必要だから戦ったのか。

 

 

一億年先までふわっとだが妄想したが、

 

その頃にも戦いは必要ない気が凄くする。

 

つまるところ、全くの感ではあるが、

 

戦いとは最終的には必要なくなる機能なのではないか。

 

そういう話。

 

戦う理由も、戦いたいという形であればスポーツやゲーム、祭りという形で精算される。

 

だが、何かを求める戦いたいであるならば、

 

別に得られのであれば戦う必要はない。

 

 

 

戦わずに得るという道、

 

今のところは「受け取る」を上手にすることからはじまるのでは無いだろうか。

 

 

そうおもった。

破壊できない不自由より、破壊できる自由を手にとる

 

破壊できない不自由 には閉塞と終焉が待っている。

 

動を殺す世界線

 

動なき世界は静のみとなる

 

ゆえの死 生が得られず死しか残らない

 

 

だから破壊できる自由を選びとる

 

その自由の先に望むものは

 

破滅とか終焉とか不幸とか哀しみとか惨劇では 絶対にない

 

明日とその先にある幸を望むための選択である

 

 

 

だからそれが実現するなら破壊すらイラナイwww

 

【ゆるぼ】いい方法求む(笑)